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<講演Ⅱ 演題:鹿島アントラーズ誕生秘話 99.9999%への挑戦  「ビジネスリーダーへの応援」>

<講演Ⅱ 演題:鹿島アントラーズ誕生秘話 99.9999%への挑戦  「ビジネスリーダーへの応援」>

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<講演Ⅱ 演題:鹿島アントラーズ誕生秘話 99.9999%への挑戦 「ビジネスリーダーへの応援」>
 講師:元経済産業事務次官 北畑隆生 様

本山英幸様の乾杯挨拶 ■講師の主な経歴とプロフィール
北畑 隆生(きたばた たかお)様
昭和43年3月:私立三田学園高校卒
昭和47年3月:東京大学 法学部卒
昭和47年4月:通産省(現経済産業省)入省
平成12年6月:大臣官房総務審議官
平成14年7月:経済産業省 大臣官房長
平成16年6月:経済産業政策局長
平成18年7月:経済産業事務次官
平成20年7月:退官
現在:
 財団法人 世界平和研究所 副理事長
 社団法人 日本ニュービジネス協議会連合会 特別顧問
 株式会社 神戸製鋼所 社外取締役、丸紅株式会社 社外監査役 ほか
著書:
 「地域に活気、日本に元気-地域経済活性化の処方箋」
 「新経済成長戦略を語る」(いずれも共著 経済産業調査会)

経済産業省では、経済産業政策局長として「新経済成長戦略」を取りまとめ、LLP法制定、不正競争防止法の改正強化、企業買収防衛策ガイドライン策定などを手がけ、次官在任中はサッポロビール・ブルドックソースの企業買収について、買収者の手法を批判、外資系ファンドによる電源開発株買い増しに外為法に基づく中止命令を発動、投機資金による原油価格高騰には「ウオール街の資本主義の悪い面が出た」と批判し、「もの言う次官」と言われた。「原油の適正価格は60ドル」、「会社は株主だけのものではなく、従業員、顧客、地域社会全体のもの」というのが持論。

1.ビジネスリーダーへの応援(竹内藤男茨城県知事と川淵氏のリーダーシップ)

 竹内知事は公務員20,000人のトップリーダーで徳川家康型(如何に部下を使いこなすか)、川淵氏は正しいコンセプトを事業化する情熱を持ったベンチャー型・織田信長型の独裁者タイプ。

  • ★竹内知事の「若い管理職の出向要望」が通産省にあり、通産省のサービス産業室長(課長見習い)から、茨城県商工労働部次長に出向命令が出た。(「鹿島を活性化せよ!」)。建設省OBの竹内知事は4期目で、つくば市に国立研究所等を20箇所誘致し工業立県として業績を揚げており、開発型・建設型の知事で、県には6部あり、他の5部まで部長は建設省他からの出向組で占められ、通産省からは始めての出向となり、「心して行け!」と言われた。県庁勤務の心構えを聴くと「夏目漱石の坊ちゃん」...。知事は、元気のない職員に不満を感じ、鹿島臨海コンビナート(石油・製鉄の町)に限界を感じていたようだ。→県庁職員の出世とは、部長になることで、茨城県では、5部が出向組のため、商工労働部長のみが出世のコース。そこで次長ではあるが、霞が関からの出向に不満を持たれ「苛め」に合い、労働組合と2時間余り議論した。
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  • ★竹内知事の辞令式のとき、他の辞令交付はたんたんと読み上げ、私(北畑氏)のときのみ顔を上げたと言われた。(→期待しているよ!...他人からのお話)。或るとき、秘書からの電話で飲む席に呼ばれ、知事は、おこぜを注文し「この時期の鰹は油がのってうまい。漁師は鰹漁のとき沖で船倉がいっぱいになると、おこぜを数匹、船倉に入れる。鰹がびっくりして緊張し、鰹の生存率が高まる。これは漁師の智恵である。君は、県庁のおこぜになれ!嫌われて良い。周りが警戒し緊張して、他の部長が仕事に励む。」と....。また、知事は「県庁では2勝1敗より1勝0敗の仕事をする奴が出世をするが、君は8勝7敗になれ。失敗を7つしても8つ良いことをやれ!」と言った。
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  • ★知事は人前で部下を誉めないで、周りの者から「知事があいつはできる...。」などと、本人の耳に入れる。また、飴と鞭を巧みに使う。知事がつくば市での講演会に出席できず知事代行で講演に行ったとき、講演会場の前列には国会議員の先生方が座っており、背水の陣で話をした。結果的には「知事の話より良かった」と言ってくれたが...。翌日、講演を聴いていた第3セクターの専務理事が知事から「採点をして報告しろ!」と命じられていたと打ち明けられた。1年後、知事は次長会(20名→中2階の人と呼ばれる人達の会)を開催し、「つまらないだろう、仕事は課長から部長に報告、部長は課長に指示(気の利く奴は次長に相談)する。部長にしたいが、霞が関から来た人を早く(若い、39歳)部長にしないでくれと言われている」と...。非常に巧妙な組織管理・部下管理をされる人である。

 

2.鹿島アントラーズ誕生秘話(川淵三郎チェアマンと対峙したときのお話)

 知事は産業振興課長と2人を呼び「北さん、鹿島の町づくりをやってくれ!300万円の調査費を付けるから...」と言った。

  • ★そのころの鹿島町は、住友金属(鹿島コンビナート)は立ち枯れになる。物造りに人気が無く、若い人達が辞めて行き、工場見学に生徒をつれてきた先生は、熱い所で働く人達を指差し、あのような所で働く人になってはいけないと言った。それ以来、工場見学中止。町には映画館も無く、パチンコ店と寿司店しかない。若い人は高速バスで東京へ....、夜はコンビナートの直線道路が暴走族のたまり場となり、「コンビナート砂漠」(昼間の人口が少ない)と言われるような「人の住まない町」だった。
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  • ★知事は、「つくばは、わしが創った住みよい町だ。鹿島は通産省の失敗作だ。1年以内にお前の手で具体的なプロジェクトを創れ、調査報告書だけでは駄目だ、目に見えるプロジェクトにしろ!これは本来、企画部の仕事だが商工労働部への特命事項とし部の人事を凍結する。(仕事を評価してやること)」と言った。三流の部である商工労働部は特命事項とされたので元気になる。(期待されていると思う。)
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  • ★最初に研究会(東京大学の木村尚三郎教授を座長に、野口和雄氏、作家の江坂彰氏がメンバー)を発足させた。その中では、ルーブル美術館のようなガラスのピラミッドを造ってはどうか?掘割を挟んだ幕末の商店街はどうだ?海岸に可愛いホテルを建て、成田空港のスチュワーデスを安い料金で宿泊させてはどうか?鹿島神宮・塚原卜伝の里づくり(剣道の人達から)...などの意見がでた。そのとき、住友金属から「サッカーのプロ化に名乗りを挙げたい。プロ化の時期は半年先の来年2月頃、力を貸して欲しい。」と相談があった。これで、「スポーツを中心とした町づくり」が「楽しい町づくり懇談会」のアイデンティとなった。
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  • ★そこで、日本橋にある古河産業のビルに川淵取締役を訪ね陳情する。(川淵氏からはオーラが出ていた)...。川淵氏の回答は「シックスナイン、だめです!(シックスナインとは金の純度を表す言葉で99.9999%のこと)住友金属が参加できることは無い。その理由は、人口4万人の町に1試合の想定される観客1万5千人の動員力が無い。次に、チームが弱い(住友金属は実業団の2部リーグの真中の順位)、1部リーグ12チームから8チームしか残れない(濃縮する)、明日がプロ化委員会だが、君たちは17チーム名乗りを挙げて来ている17番目だ!」だった。何とか、審査対象としていただき、県庁に帰る。(商工労働部職員が励ましてくれた。)
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  • ★長沼健氏がヒアリング(原宿に鹿島町長、部長、住友金属副所長と出席)。次に、川淵氏に直訴。そこで、川淵氏は「自立するスポーツ産業としたい、5万人~10万人入れる緑の芝生の美しいサッカー専用スタジアムが欲しい。(汎用の国立競技場に不満を持っていたようだ。汎用型は観客席が遠くてボールを蹴る音などが聞こえない)。茨城県庁でスタジアムを造ってくれないか」と熱く語った。県庁で検討すると返事し帰路に着く。途中、知事がつくばに出向いているとの連絡をもらい、つくば駅で下車し報告。知事は「どの位、金が掛かるんだ?屋根付きで60億だが100億と返事し、テレビ放映でエリア外で名前を言ってくれる。プロ野球のロッテ等の話をし、宣伝効果・経済効果などでを説明。→後の話だが、日本ハムは伊藤ハムを抜いて1位となる。その他に、「選手の強化策はどうするのか?1万5千人の観客動員はどうする?観客席は...などと次々と注文が寄せられた。(観客動員については、労働組合のレクレーションに利用、取引先60社の企業を株主とし、企業に割り当てる、教育委員会は子どもの野外教育に利用するなどと回答)チーム名から企業名を落とすが?(直ちに「落とします」と回答)」。川淵氏は巧みに住友金属をだしにして、「住友金属はヤル!と言っているよ」などと、他チームへのレベルを上げていたようだ。→川淵氏は後の講演などで、「熱心に来るから、退路を造ってやったんだよ...。」と語っている。
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  • ★2月の最後に、川淵氏は選考チーム数を8チームから2チーム増やし10チームとし、9チーム目までは選考委員の言いなりとなり、「最後だけは私の我が儘を通してくれ」と言った。このとき残っていたのは、ヤンマー(セレッソ大阪)・ヤマハ(ジュビロ磐田)・日立(柏レイソル)・住友金属(鹿島アントラーズ)だった。日立は茨城が発祥地で怒って、後に千葉県から立った。川淵氏は「チーム名から企業名を落とし地域スポーツをやろうとした・テレビの放映権を各チームに分配しリーグ全体のものとした・専用競技場を造ろうとした」などの熱い情熱を持ち、住友金属(鹿島)を指名し押し切った。その晩の9時の視聴率が一番高いNHKのニュースで宮崎みどりキャスターは「一つだけ変なチームがあります」と報じ、鹿島町長は民報のテレビに出演し「私がやりました。スタジアムは2年以内に建設します。」と応えていた。
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  • ★その後の鹿島町は、週2回お祭のある町・若い女の子の来る町(若い男が来る、おじさんもおばさんも子どもも来る町となった。若い女の子にもてたい男(鹿島コンビナートの暴走族)はボランティアの応援団の一員として活躍し、鹿島町長は暴走族対策費がいらなくなったと言い、住友金属には鹿島勤務を希望する人が増える。上手く行き出すと全てが上手く行くものである。
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 竹内知事には「方針を決めて部下にまかせる・部下が仕事をし易い環境づくり(やる気を起こす仕組みづくり)をする・上がってきた結果、結論には責任を持つ」という3つの特徴がある。
 川淵氏は「独創的なアイディアマン・狂ったような情熱家(ユニホームをチームごとに色分けしたときのエピソード→青色をめぐってのお話)組織が大きくなると調整型のリーダーシップが必要となる.......。」などと講演し、会場からの大きな拍手で終了となった。

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